動物園では多様な動物種が飼育されています。動物福祉への適切な配慮のためには、動物種ごとに異なる特性の理解と、それに基づく実践が欠かせません。そのために当研究室では日本全国の動物園にご協力いただいて、動物種ごとの特性や、動物福祉への配慮の手段としての環境エンリッチメントの効果を調べる研究に取り組んでいます。
動物種ごとの特性についての研究
コアラは可愛らしい外見とゆったりした動きから、とても人気の高い動物種です。日本国内では(2015年現在)8カ所の動物園で飼育されています。コアラは専らユーカリという木の葉を食べます。食べるのにかかる時間は、一日のうちおよそ一時間ほど。それ以外の大半を木の上で寝て過ごします。
ユーカリは、主にオーストラリア大陸に分布しています。分類学的には属の名称で、その中には約500~600種が含まれています。すべてをコアラが食べるわけではなく、数十種のみを食物として利用しています。ユーカリは種によって葉の大きさや堅さ、匂いや味、含有成分が異なります。写真は別々の種の葉で、大きさや形が違うのが分かります。
動物園でも(園によって異なりますが)20種ほどのユーカリをコアラに与えています。その中で、たくさん食べるユーカリもあれば、そうでないものもあります。この「好き嫌い」はユーカリの匂いや味などによって決まると考えられますが、詳しいことは分かっていません。ユーカリは日本に自生する樹木ではないため、動物園はユーカリ農園から枝を購入しています。その購入費用は個体数によっては年間数千万円にも。たくさん食べてくれる場合は問題ないのですが、あまり食べなかった場合、その食べ残しはすべて廃棄するほかありません。高額な費用がかかるにもかかわらず、ある意味で無駄の多い飼育となってしまっています。
当研究室では、名古屋市東山動植物園および横浜市金沢動物園と協力してコアラが持つユーカリの「好き嫌い」について調べる研究をおこなっています。動物園では日々の給餌で食べた重量などを記録しています。その記録を分析し、「好き嫌い」に影響する要因を探索しています。また、実際に動物園を訪れユーカリ葉を食べるときの行動を観察しています。そこから、コアラが好きなユーカリと嫌いなユーカリをどうやって区別するのか、弁別プロセスを明らかにします。また、葉に含まれる成分の分析に当学科の食品機能安全学研究室や栄養生理学研究室、動物代謝機能学研究室と共同で取り組んでいます。また、細胞分子機能学研究室と協力してコアラの腸内細菌叢についても調べています。
その他に、よこはま動物園ズーラシアにご協力いただいたリカオンの被毛パターンに基づく個体識別についての研究や、広島市安佐動物公園にご協力いただいたオオサンショウウオの餌に対する嗜好を調べた研究などをこれまでに実施してきました。詳細はリンク先の記事をご覧ください。
環境エンリッチメントの効果についての研究
ニホンザルはヒトを除いて最北に分布する霊長類です。生息環境は高山から海岸まで幅広いですが、その多くは森林に強く依存して暮らしています。また、日本固有の動物種であることから、国内の多くの動物園で飼育されています。
日本国内の動物園で飼育されるニホンザルの多くが、旧来からの展示の仕方である所謂「サル山」で飼育展示されています。サル山は、来園者通路から掘り下げられた空間の中で中心に向かって小高い山が盛り上がった構造をしています。こうした環境ではニホンザルが森林の中でおこなっている三次元的に空間を利用する行動(たとえば垂直に木を登る、不安定な枝の上でバランスを取る、高いところから飛び降りる、など)をおこなうことはできません。
動物福祉の観点から、動物園動物はできる限り野生環境に近い環境で飼育するべきとされています。三次元的な空間利用ができる環境で飼育することは、動物園のニホンザルの動物福祉に配慮するために欠かせません。また、動物園が担う環境教育の観点からも、ニホンザルをなるべく野生に近い環境で飼育し、野生に近い行動を来園者に見せることが大きな価値を持ちます。
当研究室では、サル山で飼育されているニホンザルの三次元的な空間利用を実現するための手法について調べています。(こうした、飼育動物の動物福祉に配慮した飼育を実現するための工夫のことを環境エンリッチメントと呼びます。)環境エンリッチメントをおこなう上で大切なのは、科学的な知見に基づいていることと、科学的な評価をおこなうことです。そこで、ニホンザルの特性を考慮した三次元的空間利用を促す環境エンリッチメントを探索しています。また、仙台市八木山動物園にご協力いただいて実際に動物園のサル山に設置し、行動観察から空間利用や社会行動の頻度の変化を通じて環境エンリッチメントの効果の評価に取り組んでいます。
またこれ以外にも、環境エンリッチメントの効果を調べる以下の研究に取り組んできました。
- レッサーパンダの常同行動と高齢個体への配慮についての研究(@江戸川区自然動物園、東京都多摩動物公園、よこはま動物園ズーラシア、長野市茶臼山動物園)
- 食肉目(ライオンやピューマ、カナダカワウソ、アムールトラ、ジャガー)を対象とした匂いを使った環境エンリッチメントについての研究(@盛岡市動物公園、京都市動物園)
- 鳥類(フクロウやシロフクロウ、ニホンイヌワシ)を対象とした音を使った環境エンリッチメントについての研究(@盛岡市動物公園)
- アミメキリンとグレビーシマウマを対象とした混合展示が社会性に与える影響についての研究(@京都市動物園)
- タヌキを対象とした匂いを使った環境エンリッチメントについての研究(@盛岡市動物公園)
- アミメキリンにおける給餌回数の変更が行動に与える影響についての研究(@秋田市大森山動物園)
- ニホンリスにおける松ぼっくりの給餌が行動に与える影響についての研究(@盛岡市動物公園)
- ニホンモモンガにおける樹葉の給餌が行動に与える影響についての研究(@盛岡市動物公園)
来園者の動物への興味を増すためのツールとしての環境エンリッチメントの役割にも興味があり、以下の研究を実施しました。
- アムールトラ展示における来園者の発話への環境エンリッチメントの影響(@京都市動物園)
- ワライカワセミ展示における来園者参加型行動観察の正確性の評価(@盛岡市動物公園)
それぞれの研究の詳細はリンク先の各記事をご覧ください。